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【連載・黒髪と美の歴史】どうして黒髪女性に魅かれるのか#17

【連載・黒髪と美の歴史】どうして黒髪女性に魅かれるのか 第十七回

身分の高い貴族(公家)の女性や、公的な場などでは、女性たちの髪形は垂髪(すいはつ / すべらかし)でした。垂髪というのが、その言葉のとおり「垂らした髪」であるということは、これまでに紹介しました。

【連載・黒髪と美の歴史】どうして黒髪女性に魅かれるのか#16

イメージするなら、『源氏物語絵巻』などに登場する貴族の女性の髪型です。ですが、垂髪が正式な髪形だった時代でも、一部の支配的な地位にいるひとをのぞいて、私的な空間では髪が結われていました。やっぱり、長いと邪魔になりますからね。それが、支配的な地位が公家から武家へと変わることによって、次第に「垂髪」から結んだ髪形である「結髪」が公的な場においても、認められるようになっていくようになっていきます。

武家の女性が「結髪」に変化した理由

水戸藩士であり、儒者だった青山延寿の孫である山川菊栄は、『武家の女性』という本のなかで、水戸藩の武家の婦女に関わる日常、慣習、文化、歳時などについて伝えています。山川菊栄じしんは、1890年(明治23年)に生まれているので、母や周囲のひとたちから聞いたことを、この『武家の女性』でまとめています。そのなかで、髪形についても「いつ見ても鬘でもかぶったように後れ毛一筋なく、なめたように丸髷を結いあげ」と、水戸藩の武家の女性たちは、鬘(カツラ)を被っているんじゃないかと思うくらい、髪をぴたっとまとめていていたと伝えています。ちょうど、京都で舞妓を卒業して芸妓になると鬘を被りますが、そんな感じの髪形を地毛で結っていたわけです。そして、ただぴたっと結い上げるだけではなく、際墨という額の形を美しくみせるために、髪の生え際を墨で縁どる化粧もおこなわれました。ただ、際墨はあまりやりすぎると人形のような印象を与えてしまい、不自然だとも考えられていました。なにごともほどほどが大事なんです。

ですが、どうしてそんな髪形にしたのでしょうか。それは、武家社会における武士の大胆で強く勇ましい剛気さや威武さの印象、勇ましくて非常に強い勇猛さを、女性にも漂わせることが必要だったからです。武家の女性である以上、武士たちと同様に剛気さや威武さや勇猛さが求められました。それが、いわゆる「無表情」のような外見によって表現されたんです。

黒髪と美の歴史連載一覧

平松隆円(ひらまつりゅうえん)

大学教員 / 化粧心理学者 / コラムニスト

1980年、滋賀県生まれ。2008年、世界でも類をみない化粧研究で博士(教育学)の学位を取得。国際日本文化研究センター、京都大学、タイ国立チュラロンコーン大学などを経て、現在は東亜大学准教授、芸術学部トータルビューティ学科長。 専門は、化粧心理学や化粧文化論。主な著書に『化粧にみる日本文化 だれのためによそおうのか』(水曜社)、『邪推するよそおい 化粧心理学者の極私的考察』(繊研新聞社)などがある。

<この連載は著書「黒髪と美の歴史」よりSANKEI HairCare Postにあわせ寄稿していただいております。>

黒髪と美の歴史-平松隆円-角川ソフィア文庫2019/7/24

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